宮澤紗希乃ウィンブルドンU14制覇


劇的勝利で日本女子初の快挙
13歳の宮澤紗希乃がウィンブルドンU14で、日本女子史上初の優勝を果たした。
7月13日、ソフィア・ビエリンスカ(14歳=ウクライナ)との女子シングルス決勝戦に臨み、3-6,7-5の1セットオールから最後は10ポイントタイブレークを10-5で制して劇的な勝利。昨年、男子シングルスで当時14歳の川口孝大が日本選手で初の優勝を成し遂げているが、女子では宮澤が初の快挙となった。
同大会の14歳以下のカテゴリーが新設されたのは2022年から。世界中のジュニアがより若い時期から芝コートでプレー経験を積めるように創設された。参加選手は招待で決定。2024年、オレンジボウル14歳以下で13歳ながら優勝、同年のヨーロッパ海外最優秀選手賞を受賞している宮澤も選ばれていた。
憧れの「聖地」での貴重な体験を、最高の形で締めくくった。
2023年4月、宮澤はマネージメント会社「StarWing Sports」と日本選手として初めてエージェント契約を締結。
ヤニック・シナーら、世界トップクラスのテニス選手が所属するマネジメント会社に認められた「MIYAZAWA」が、優勝トロフィーを掲げ、大きな称賛の拍手を受けた。


出だしから厳しい展開
第1セット第1ゲーム。相手ビエリンスカのサービスゲーム。
5度のブレークポイントがありながら奪えず、7分間に及ぶゲームを落とす苦しいスタート。
そこからずっと我慢のゲームの連続。
第1セット0-4から粘って3-4、自分のサービスゲームにまでをキープすればタイのところまで持ち込むが、残る2ゲームを連取され3-6で落とす。
第2セットもピンチの連続
第2セット第1ゲーム。自らのサービスゲームを3度のデュースの末落とす。第2ゲームをキープされ、第3ゲームもこのセット2度目のサービスダウンで、あっという間に0-3。
ほぼあとがない状況にまで追い込まれた。
だが宮澤は諦めない。
第2週ラストで芝が剥げ落ちたコート。土がむき出しになり、ベースラインはおろか、サービスライン後方でもイレギュラーがあり、少し気を抜けば足が取られる。プロでも確実に難しい環境。それでも黙々と勝機を探し続けた。
何とか2ブレークを返して3-3としたが、再び第7ゲームでブレークを許す。3度のデュース、22本もの長いラリーで、ポイントを落とす、絶望的なシーンもあった。
続く第8ゲームはラブゲームキープされ3-5。今度こそ万事休す。
大逆転4ゲーム連取
もう逆転は無理かと思われた。だが、宮澤はまだ食らいつく。
互いに緊張でショットが乱れる。デュースの大接戦が2ゲームありながら
4ゲーム連取で大逆転に成功。宮澤が第2セットを奪い返す。
そして決着を決める10ポイントタイブレークに入る前、相手のビエリンスカはあまりの緊張に耐えきれず、涙を流し始めた。
それほど信じられない第2セットの宮澤の粘り、逆転劇だったのだろう。
スーパータイブレークは当然のように10-5で宮澤が奪い取った。
両者抱擁して称え合った後、ビエリンスカは号泣してタオルで顔を隠した。
最終セットは10ポイントにもかかわらず
実に試合時間1時間55分にも及ぶ大激戦だった。
宮澤がコートカバーで走った距離、3132.2m。相手の2771.4mより、360.8mも多かった。
ライバルに3連勝
招待制ゆえ「エキジビション」と思われる方もいるかもしれないが、正真正銘、世界中から将来のトップ候補生が集ったハイレベルな大会だった。
決勝の相手、ビエリンスカも将来を嘱望される、超エリート。
2011年6月、ウクライナ生まれの14歳。現在はアメリカ・フロリダの「リック・マッチアカデミー」が拠点。アンディ・ロディック 、ジェニファー・カプリアーティ 、マリア・シャラポワ 、ウィリアムズ姉妹の5人の世界1位を育てた超有名コーチ、リック・マッチの指導を受けている。
宮澤より1年早くITFジュニアツアーに参戦し、2~3歳年上の選手を相手に、2年間で出場12大会中5大会に優勝、通算35勝8敗、勝率81%。世界ジュニアランク218位。
一方の宮澤は、2011年10月生まれ、ビエリンスカと同い年だが、誕生日前で現在13歳。今年3月からITFジュニアツアーに参戦し、同じく年上相手に出場7大会中3大会に優勝、29勝4敗、勝率88%を誇る。世界ジュニアランク255位。
ライバル関係と言える、この世界屈指のスター候補に、宮澤は1敗した後、2024年12月のオレンジボウル決勝では6-4,6-1で勝利。2025年1月の14歳以下の世界3大大会と言われるテニスヨーロッパ最高峰の大会「Les Petits As Mondial Wilson」準々決勝では6-4,4-6,6-3で勝利。
そして世界中が注目した今大会でも、ライバルを振り切って3連勝とした。
準決勝まで失セットゼロ
決勝は独特の雰囲気、荒れたコート、ライバル相手の緊張感もあってか、
ミスも多く、どうみても宮澤本来のプレーではなかった。
だが今大会はグループリーグで3戦全勝。準決勝まで失セットゼロ。相手に4ゲーム以上許したセットすらなかった。
トータルポイントの差、ウィナー数を見ても、その圧倒ぶりが分かる。
宮澤紗希乃の勝ち上がりとネットポイント&ウイナー数 | |||
グループB | |||
トータルP | ネット 成功率 | NP割合 | ウィナー |
6-1,6-0 vs A・サックフレイム(GBR) | |||
54-24 30P差 | 12/17 71% | 12/54 22% | 15 |
6-3,6-2 vs F・C・ソウザ(BRA) | |||
75-49 26P差 | 21/29 72% | 21/75 28% | 23 |
6-3,6-0 vs C・シャオ(USA) | |||
65-46 19P差 | 24/32 75% | 24/65 37% | 17 |
準決勝 | |||
6-4,6-4 vs L・ジング(GBR) | |||
66-58 8P差 | 14/20 70% | 14/66 21% | 25 |
決勝 | |||
3-6,7-5,10-5 vs S・ビエリンスカ(UKR) | |||
95-91 4P差 | 21/39 54% | 21/95 22% | 21 |
通 算 5試合平均 | |||
71-53 18P差 | 92/137 67% | 92/355 26% | 20 |
驚かされるネット割合
上の表のネットプレー成功率を見てほしい。準決勝まで軒並み70%を超えている。
そして、その成功率以上に驚かされるのは、ネットへ向かった回数だ。
5試合で137回。1試合平均で27回。
まるで男子のビックサーバーやネットプレイヤーのような数字だ。
奪ったトータルポイントのうち、ネットで奪ったポイントの割合を見てみると、軒並み20%超えている。
5試合平均で26%。グループリーグの3試合目に至っては37%だ。
ちなみに記憶に新しい7月1日のウィンブルドン1回戦、望月慎太郎がグランドスラム初勝利を挙げたジュリオ・ゼッピエリ戦。ネットが冴え渡っていた望月のプレーを覚えているテニスファンも多いだろう。
その際は望月のトータルポイント154に対して、ネットで奪ったポイントは46。ネットポイントが占めた割合は29.9%。
望月がネットに出まくった、あの試合に遜色ないほど、宮澤はネットに詰めているという訳だ。
さらに決勝以外70%の成功率を維持するという「離れ業」を、まだ身長162センチの中学2年生女子がやってのけたのだ。
ハイクォリティーかつ多彩なショット
数字は用いずとも
大会を通じ、目の肥えたイギリスの観衆をも魅了し、感嘆の声を挙げさせるショットを連発した。
芝のボールが弾まない特性を活かした精巧なドロップショット。
滑る特性を活かしたスライス。特にフォアのスライスとドロップのコンビネーションで相手を前後に揺さぶる。最後はトップスピンロブ、パッシングで料理。
フォアの逆クロスドロップと見せかけ、順クロスに距離の長いフォアスライスアプローチを運ぶ、あのフェデラーのようなテクニックも見せた。
かといって「うまさ」だけではない。
特にクロスが素晴らしいフォアのトップスピン、クロスはもちろんダウンザラインにも打てる両手バックのトップスピン。バックのスライスも、全くよどみがない。
スマッシュ、両手バックハンドのドライブボレーというより、両手バックのスマッシュと表現するのが正しそうなショットもあった。
決勝以外は全ショットが安定していた。
3種のフォアスラ
伊藤あおいを彷彿とさせる「ファアスラ」の使い手でもあった。
ドロップを含め、どう少なく見ても3種類を使い分けている。
①フォアのやや高い軌道からベースライン付近に落ちて止まるスライスと
②ドロップ
そして
③高速で低弾道の滑るスライス
通常スライス面を見せれば、まず相手はドロップを警戒し、前への意識を高める。
それがバックスピンがかけられ、思いのほか高くゆったりと浮き上がる。アウトと思いきや、ベースライン手前で急激に失速して落ちる。相手は慌てて強打に移行するが、思った以上にボールは跳ねず飛んでこない。前のめりになり手打ちでミス。これが第1のパターン。
今度は失敗しまいと、ボールに近づくフットワークに重点をおいて、ゆったりとした自分のペースで打ちに行こうとする。すると、同じフォームからドロップが繰り出され、反応が遅れる。これが第2のパターン。
さらに、この前後の動きを強く意識すると、今度は突然、同じフォームから高速かつ低弾道なスライスでコースを突いてくる。前後から一転、テンポの違いと左右への意識を強いられ、ミスにつながる。これが第3のパターン。
挙げ句は、滑るスライスと止まるスライスのコンビネーション。今度は打点を前後にズラされる。インパクトゾーンが定まらず、通常のショットにさえ迷いが生じる。
一番慣れているフォアのトップスピン対トップスピンで気持ちよく打ち合ってくれると思いきや、今度は、スライスではなくトップスピンで前に出てくる。
ボレーの完成度
このやっかいさに、同世代とは「段違い」なボレーの完成度が加わるという訳だ。
低年齢にありがちな、アプローチで完全に崩し、早いタイミングでオープンコートに決めるパターンだけではない。
力の入りづらいバックのハイボレーを逆クロスに決めたり、相手が追いつけないとみるや、ゆっくりと球足の長いボレーを流すこともできる。
相手のブレークポイントなどのピンチの場面で、ベースラインの深い位置から、ネットに着く時間はあまりないのに、スライスではなく、フォアのスピンやリターンでアプローチ。
相手強打を流れるような動きでファーストボレーして、次で決めてしまう「勇気」と「センス」には、本当に驚かされた。
もうこれは間違いなく「天性」のモノだ。
ド緊張の決勝戦のプレーが、宮澤本来のモノと勘違いしてはいけない。
堂々と美しい「所作」
この日もノーレットルール。コードに当たってネット近くに落ちるラッキーなポイントはことごとく相手に行った。それでも宮澤は、感情を表すことなく高い集中力で我慢を続けた。
13歳。ましてや大観衆の「聖地」に緊張しないはずがない。
それがどうだ。初戦のコートチェンジ間、主審に堂々と英語でアピールして、クーラーボックスから公式ウォーターを手に入れる光景には、なお驚かされた。
そして様々なコート上での「所作」が美しいのだ。
試合慣れや落ち着いた雰囲気という言葉では片付けられない。特にリターン時、体の正面でラケットヘッドを上げ、静かに相手を見つめる姿は「凛」としている。
16歳で全豪オープンを制した、かつてのマルチナ・ヒンギスや、18歳でデルレイビーチ国際で優勝した錦織圭の「面影」を見た、と言ったら、まだ13歳の本人のプレッシャーになってしまうのか。
確かに年齢を重ね、よりパワフルな相手と対峙した際に、フォアの打ち合いやサービス力など、課題はでてくるだろう。だが、現時点で心配することではない。
今回の優勝で日本の多くのテニスファンに名前を覚えられることだろう。
だが、ここで本当に伝えたいのは「ウィンブルドン」や「史上初」「優勝」といった称号ではなく、宮澤の「見るものを魅了するテニス」についてだ。
とにかく、このまま、このまま、このまま、このまま。ゆっくり順調に伸びてほしい。