伊藤あおいウィンブルドン1勝へ

相手は世界80位
世界ランク108位、日本女子テニス界期待の21歳、伊藤あおいが、グランドスラム初勝利をかけ、ウィンブルドン1回戦に臨む。6月27日、組み合わせドローが発表され、相手は世界ランク80位、カミラ・ラヒモワ(23歳=ロシア)に決まった。両者は初の顔合わせ。
ラヒモワはウィンブルドンは2023年に1度出場しているが、1回戦で敗れており未勝利。4大大会では2021年全米と2023年全仏の3回戦進出が最高成績の選手だ。直近の日本選手相手では先月のWTA125パリ(クレーコート)で内島萌夏に6-2,6-1で快勝している。
グラスコートでの通算成績は13勝11敗と他のサーフェスと大差ないが、今シーズンは、直前のW250イーストボーンで準々決勝に進出するなど、6勝2敗と好成績だ。
▶「WTA公式」動画より イーストボーンの準々決勝ハイライト
上下白の選手。170センチと小柄だがパワフル。フォアバックとも厚めのグリップで伊藤のスライス系は効きそうだ。
グランドスラム初勝利へ
伊藤にとっては本戦初勝利はもちろん、予選も含めたグランドスラム1勝を目指す戦いになる。
過去のグランドスラム出場は今シーズンの全豪、全仏オープンの2回。いずれも予選1回戦で敗れている。全豪では石井さやかに3-6,4-6。全仏ではペトラ・マルチンコ(クロアチア)に5-7,2-6。
セットを奪ったこともない。

気になる接戦負け
現在、伊藤はプロ入り自己ワーストの6連敗中。
4月25日の安藤証券オープン準々決勝でヘザー・ワトソン(イギリス)に勝利して以来、3カ月以上、白星から見放されている。
誤解がないように、まず最初にハッキリさせておきたいが、
従来、伊藤は接戦に非常に強い選手だ。
だが、フルセットに至った直近5試合は、いずれも敗れている。
伊藤あおい 直近6連敗 うち5戦フルセット負け | ||
大会 相手 | 勝敗 | スコア |
6/17 サグレブ1回戦 D・ヤクポヴィッチ | ⚫️ | 6-4,4-6,6-7(7) |
6/9 バレンシア1回戦 A・ゲーリングス | ⚫️ | 6-7(2),6-3,2-6 |
5/20 全仏予選1回戦 P・マルチンコ | ⚫️ | 5-7,2-6 |
5/12 クラランス1回戦 S・カルタル | ⚫️ | 2-6,6-3,3-6 |
4/30 岐阜1回戦 R・カブレラ | ⚫️ | 4-6,6-3,3-6 |
4/26 安藤証券準決勝 柴原瑛菜 | ⚫️ | 3-6,6-4,6-7(4) |
タイブレーク6連敗中
また今シーズンのタイブレークも、キャンベラ国際で1つ奪った後、6連続で落としている。
6連敗中にも、タイブレークで失ったセットが3つある。いずれもフルセットの試合で、取っていれば、すべて勝敗は逆になっていた。このあたりが白星が遠ざかっている一因なのは、間違いない。
伊藤あおい 今季タイブレーク | ||
大会 相手 | 最終 結果 | スコア |
6/17 サグレブ1回戦 D・ヤクポヴィッチ | ⚫️ | 6-4,4-6,6-7(7) |
6/9 バレンシア1回戦 A・ゲーリングス | ⚫️ | 6-7(2),6-3,2-6 |
4/26 安藤証券準決勝 柴原瑛菜 | ⚫️ | 3-6,6-4,6-7(4) |
4/24 安藤証券2回戦 山口芽生 | ⚪️ | 6-2,6-7(2),6-4 |
3/5 インディアンウェルズ予選2回戦 M・イングルス | ⚫️ | 6-7(4),5-7 |
2/1 アブダビ予選1回戦 S・ケニン | ⚫️ | 6-7(2),2-6 |
1/2 キャンベラ国際準々決勝 N・ストヤノヴィッチ | ⚪️ | 6-2,7-6(6) |
タイブレで極端な波
テニスは1ゲーム最低4ポイントを取らないといけない得点システムのため、非常に番狂わせが少ないスポーツだ。
だが、1発勝負のタイブレークは、さすがに「運」の要素も加わる。
ちなみに伊藤の2024年のタイブレーク戦績は
5連勝後、8連敗、そして1勝1敗。
極端な偏りがある6勝9敗だった。
勝負どころでのワイド、ギリギリを攻めるファーストサーブが決まりだすなど、
キッカケ1つあれば、いつ勝利モードに転じても不思議ではない。

高い1Sダウン後 勝率
ただ、ここまでは楽観的な推測と言われても仕方がない。
それでも、なぜ、伊藤は勝負強いと言うのか?
実は第1セットダウンからの伊藤の勝率は、特筆すべき数字を残している。
WTA125、WTA予選、WTAレベルで見た過去2年の勝率は.625(5勝3敗)だ。
第1セットダウンから勝つには残り2セットを連取するしかない。仮に勝率5割で争うと2回勝つのだから理論上は25%。実際は勢いの差、精神的余裕も出てくるので、実際の数字は、勝率.217ほどしかないというのが、男女テニスのツアーでの一般的な考え方だ。
ATPの1991年以降の3セットマッチで、キャリアデータで最も高いとされるのが、ピート・サンプラス(アメリカ)で勝率.413。
ジョコビッチ、フェデラーですらキャリアでは4割をわずかに越えるほどだそうだ。
だが伊藤はITFのデータを加えても.581と、軽く勝率5割を越えている。
伊藤の第1セットダウンからの勝率 | |||
年 | ITF | WTA | 通算 |
25 | 0勝3敗 (.000) | 3勝3敗 (.500) | 3勝6敗 (.333) |
24 | 6勝4敗 (.600) | 2勝0敗 (1.000) | 8勝4敗 (.667) |
23 | 7勝6敗 (.538) | ー | 7勝6敗 (.538) |
22 | 6勝2敗 (.750) | ー | 6勝2敗 (.750) |
21 | 1勝0敗 (1.000) | ー | 1勝0敗 (1.000) |
通算 | 20勝15敗 (.571) | 5勝3敗 (.625) | 25勝18敗 (.581) |
すべて3セット、ITFには最終セット、スーパータイブレーク決着を含む |
サンプル自体かなり少ない。そもそも伊藤のITFでの勝率は.685と高い。
だが、それらを差し引いても、
WTA公式に「蜘蛛の巣」と称されたこともある巧みな戦術を考えると、やはり突出した数字に思える。
セットダウンから5連勝
今シーズン当初から時系列で振り返ってみると、2月から3月にかけて、第1セットダウンから逆転3連勝。それも、すべて予選とはいえ、WTA1000レベルでの勝利だった。
記憶に新しい、昨年10月のWTA250木下オープンの快進撃の2勝を加えると
WTAレベルで1セットダウンから5試合連続で勝利していたことになる。
直近3試合を落としているので目立っていないが、これは通常、なかなか見られない出来事だ。
伊藤あおい WTA1セットダウン試合 | ||
大会 相手 | 最終 | スコア |
2025年 | ||
6/9 バレンシア1回戦 A・ゲーリングス | ⚫️ | 6-7(2),6-3,2-6 |
5/12 クラランス1回戦 S・カルタル | ⚫️ | 2-6,6-3,3-6 |
3/19マイアミ予選2回戦 L・デービス | ⚫️ | 4-6,6-3,4-6 |
3/18マイアミ予選2回戦 E・リス | ⚪️ | 4-6,6-4,6-2 |
3/3 インディアンウェルズ予選1回戦 D・スニガー | ⚪️ | 4-6,6-1,6-4 |
2/7 ドーハ予選1回戦 A・ボンダー | ⚪️ | 4-6,6-3,6-3 |
2024年 | ||
10/18 木下OP準々決勝 E・リス | ⚪️ | 6-7(8),6-2,6-3 |
10/13 木下OP予選1回戦 A・ハルトノ | ⚪️ | 3-6,6-3,6-4 |
第1セットをとられても、第2セット以降の戦術をキチンと練っている。
一方的な展開にならず、競り合うことができれば、
相手にとって嫌なプレーを最優先に心がける、伊藤の「沼」にハメられているという証拠なのだろう。
▶「WTA公式」動画より
2024年10月木下オープン準々決勝、第1セットをタイブレークで落としながら、逆転勝ちした典型的な伊藤のパターン試合(6-7(8),6-2,6-3)
第1S奪取時も強い
では逆に第1セットを奪った時はどうか?
伊藤の場合は通算勝率.913(136勝13敗)。
WTA125、WTA予選、WTAレベルに限れば、無敗の12連勝中、勝率10割だ。
(ストレート勝ち11試合、第2セットを落とすも勝ったのが1試合)
第1セットを取った後、残り2セットで1セットを奪えば勝利なのだから、勝率5割のプレーヤーなら確率論上、勝利割合は75%。第1セットを先に奪った優位性もあり、ATPで.810、WTAで.830ほどの平均値と言われる元来高い数字だ。
だが、それにしても伊藤のそれはかなり高い。
特に大舞台で取りこぼしも少ない選手と言っていいだろう。
伊藤の第1セット奪取時の勝率 | |||
年 | ITF | WTA | 通算 |
25 | 3勝1敗 (.750) | 9勝0敗 (1.000) | 12勝1敗 (.923) |
24 | 53勝5敗 (.914) | 3勝0敗 (1.000) | 56勝5敗 (.918) |
23 | 43勝2敗 (.956) | ー | 43勝2敗 (.956) |
22 | 19勝5敗 (.792) | ー | 19勝5敗 (.792) |
21 | 6勝0敗 (1.000) | ー | 6勝0敗 (1.00) |
通算 | 124勝13敗 (.905) | 12勝0敗 (1.000) | 136勝13敗 (.913) |
すべて3セット、途中棄権試合の勝敗は除く |

昨年より10%増の賞金
今年のウィンブルドンの賞金総額は、史上最高額となる5350万ポンド(105億6000万円)。
1回戦を勝利すれば1300万円。これは昨年より10%高い額になっている。
メンタルに自信がある伊藤のことだ。
相手も勝ちを意識する、高額賞金のかかった大舞台であればあるほど、フルセットの「沼」にもハメやすくなるのではないか。
ウィンブルドン 2025シングルス賞金 | ||
優勝 | 300万㍀ | 5億9000万円 |
準優勝 | 152万㍀ | 3億円 |
ベスト4 | 77万5000㍀ | 1億5000万円 |
ベスト8 | 40万㍀ | 7900万円 |
4回戦 | 24万㍀ | 4700万円 |
3回戦 | 15万2000㍀ | 3000万円 |
2回戦 | 9万9000㍀ | 1950万円 |
1回戦 | 6万6000㍀ | 1300万円 |
予選3R | 4万1500㍀ | 810万円 |
予選2R | 2万6000㍀ | 510万円 |
予選1R | 1万5500㍀ | 300万円 |
ハイテンポの間合い
グラスコートで滑るフォアスラ、ムーンボールとフラット系バックの強打のコンビネーション、跳ねないコートで効くであろうアングル、ドロップ。
ウィンブルドンで変幻自在に躍動する伊藤の想像が膨らむ。
そしてもう一つ、世界の中でも異色だと感じている伊藤の特徴がある。
それがサービスゲーム時の間合いの早さだ。
間近で観戦した際に驚いたのだが、伊藤はどんな長いラリーの後、どんなにもつれたデュースの展開、試合全体を左右するような重要ポイントでも、変わらぬテンポで、次のサービスのルーティンに入る。
時に、少し休めばいいのにと感じる場面でも、肩で息をしながらサービスを打ってしまう。
ラリー自体が短くなるであろう芝での戦い。
芝で効く、持ち味のスライス系サーブに加えて、伊藤のサービスゲームのテンポの良さが「吉」に働く可能性は十分あると感じる。
早々に隠居生活を送るため「今後に不自由のないお金を稼ぎたい」と笑う伊藤だが、どこまで進めるのか。
初勝利を上げれば、2回戦は第4シードの世界4位、ジャスミン・パオリーニ(29歳=イタリア)と激突する可能性がある。
高額賞金を手にして早々に引退されては困るが、1試合でも多く、変幻自在な「伊藤ワールド」を「オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ」に詰めかけた観衆に、見せつけてもらいたい。





