伊藤あおいの凄さの秘密ベスト10

見た目は「へにょへにょ」実は!
日本女子テニス期待の伊藤あおいの大事なグランドスラム、全米オープン予選が迫ってきた。先に行われたナショナルバンク・オープン、シンシナティ・オープンのWTA1000の2大会で4勝を挙げ、世間の注目度も大幅にアップ。自称「へにょへにょテニス」と言うだけあって「私でも真似できそう」と、大いなる勘違いの声を聞くことも、増えたのではないか。
これから注目して見ようという方に、その魅力を、きちんと説明できるよう、普段のデータ調の原稿とはかけ離れて主観たっぷりに、その凄さをランキング形式でまとめてみた。

第1弾の今回はテクニック編
▶「WTA公式」インスタグラムより
10位 スマッシュ

常識破りの厚いグリップで軽く捌く
一般的なテニスの常識を覆すスマッシュだ。伊藤はネットに出ると、セミウエスタングリップのほぼワングリップ。その厚いグリップのまま、スマッシュをしてしまう。
薄いコンチネンタルが主流の中で、まさに異色の存在だ。
右肘は左肩側に入ることなく、オープン気味。普通ならミスの原因となりそうな要素がたくさんあるが、このフォームこそグリップの特性を活かした自然な形だ。
類まれなる感覚の良さ、ハンドアイコーディネーションの良さで、うまく処理してしまう。
前めの球は、厚いグリップの利点を活かして肘から先でコントロール。横に遠いボールはドライブボレー。深い球は、角度を付けた逆クロスと、実に合理的な選択、賢いコースが身についている。

グリップが厚い分、深いボールに、打点まで追いつけなくてのミスはあるが、力んでチャンスを逸するようなミスショットは、ほぼ皆無。
オーバーパワーやよどみがないところが素晴らしい。
9位 パス&ロブ

相手を観察し最も嫌なところを突く
相手が前に出てきた時も、伊藤は慌てることなく、ボールを中心視野で追いながら、ボヤッとだが、相手の動きをハッキリと観察することができる。
この周辺視野の広さ、立体的にコートを見られるのが、全ショットに共通した伊藤の武器だ。
相手がネットに来ると、その長所が最大限に活かされる。
力みによるパッシングショットのミスは滅多にない。
相手に完璧なアプローチをされても、相手の最も嫌がるコースにボールを送り、わずかなスキをつくことに徹する。
フォアはバックハイへのスピンロブ、もしくはクロスアングル。スライスなら空間認知能力に長けた絶妙なロブと、足元に沈めるショット。
全く同じフォームから、違ったバリエーションを繰り出す。
相手にとって最も予想しづらく、打ちにくいコースを、ギリギリまで考え選択する。

時に、難しい体勢からフォアスライスのダウン・ザ・ライン。自信のあるバックのダウン・ザ・ラインで相手を抜き去ることもある。
相手は難しいショットの方ばかりに気を取られているから、「正攻法」で来られた時、対応できない。
パワー全盛の時代にあって、力対力の勝負は決して挑まない、稀有な存在だ。
8位 バックのライジング

相手のタイミングエラーを誘い出す
ストローク時は「ほぼ棒立ち」と言われる伊藤だが、唯一、膝と腰を地面に着きそうなほど曲げる時がある。サービス時、相手のリターンが足元、バック側に深く返された時だ。
パワーがない分、身体を沈めこませ、全体重をうまくボールに伝える。
そのままライジングで処理して、相手の時間を奪い去ってしまうのだ。
とっさの動きとしては、あり得るのかもしれないが、ここまで頻繁に行うのは、切り返しのバックに自信がある伊藤ならではだ。

伊藤は、サーブを打った後、相手のリターンが強烈と分かっていても、ベースラインから下がろうという素振りは見せない。
時にパワーに押されるあまり、地面にお尻を着いてひざまずいてしまうシーンもあるが、下がってミスミス相手に主導権を渡すよりはマシと考えているのだろう。
とにかく頑なに下がらない。
ベースラインわずか後方で、高い打点で打つフォアスラで時間を作るか、バックならライジングでカウンター気味に素早く返すのがお決まりのパターンだ。
相手が打ち気に満ちたハードヒッターなら、あえて角度を付けさせないよう、最も安全なセンターに返す。
遅い球と最も速い球、そしてライジングのテンポの差で相手のタイミングエラーを誘うのだ。
相手のリターンが浅めで無事、前に入ることができれば、ライジングのバックのダウン・ザ・ラインの出番だ。
タイミングの差に戸惑い、自分のショットに集中を向けたら、いきなりオープンコートに振られる。これでは相手もたまったものじゃない。
7位 サービス

相手も困惑 オンラインサーブの魔術師
Tゾーンに突き刺さる強烈なサービスや、相手バックに高く跳ね上がるスピンサーブを持っている訳ではないが、淡々とした素早いリズムで、ライン際を見事に突いてくる。
ここぞの場面で、デュースサイド、サイドラインの上に寸分たがわず乗せてくる。
これが決まるかどうかが、伊藤の1つの大きな「生命線」。
このフリーポイントが1本あれば、サービスキープの確率はぐっと上がる。

かと思えば、相手の読みを外す、さらに浅いスピン量の多いチェンジアップスライスサーブも使う。
セカンドサーブも威力不足と思いきや、時にラインギリギリの深いサーブも。ダブルファーストかと思わせる時すらある。
ダブルフォルトは出るが、ある程度の数は覚悟しているのだろう。
相手が打ち気がないと見るや、即座にサービス&ボレー、スニークイン気味のドライブボレーと、ネットをうかがう。
サーブからのコンビネーションの決定力もなかなかだ。
6位 読み切る眼力

相手のコースを見破る予言者
どんなに相手に強打されても、そのコースが最初から分かっていたかのように、動いている。
その秘密は、自らの次の反応が遅れるようなポジション、バランスを崩すような無理のあるショットは、極力使わないことにある。
テニスのベースラインからベースラインまでの距離は約47メートル。140キロのボールが行き来する際の反応時間は1秒足らず。だが、伊藤はハードヒットの代わりにムーンボール、フォアスラで時間を作る。
その分、浮いた0コンマ何秒。
この通常のプレーヤーよりわずかに多く生み出した時間を、最大限利用する。
相手の体の動き、視線の位置、ラケット面まで、すべてをギリギリまで観察し、弾き出した「答え」は、だから精度が高い。

「なぜ決まらない」と相手は焦り、何本目かのウィニングショットを、ジャストアウトするというのが、ようこそ「あおい沼」への入口だ。
逆に読みが外れた時は、見ている方がビックリするぐらい全くボールを追いかけない。
相手を気分よくさせないためか、次のポイントに気持ちを切り替えているかは分からないが、無理なものは無理、との「潔さ」が、次の集中力を生む。
5位 ボレータッチ

絶対芯を外さない天性のセンス
ボレーのタッチセンスは間違いなく一級品だ。
フォアボレーはセミウエスタン。バックボレーでは、かなり薄いグリップになるが、うまく面を作る。
フォアでは、厚いグリップゆえだろう。
ほぼオープンスタンスで踏み込みなしと、こちらもプロでは稀有な存在。
ベーシックな指導を受けていれば、まずグリップを薄くして、踏み込むように矯正されるのだろうが、勝手に力の入りやすい「常識外れ」を身につけているところが「あおい流」だ。
とにかくスイートスポットにきっちり当てる協応動作の精度は凄まじい。
その分、アングルボレー、ドロップショットはお手の物。

フォアのドライブボレーは若干振り遅れることもあるが、バックのドライブボレーは、ここぞのシーンで見事に決まる。
伊藤のフォアスラ、ムーンボールに手こずる相手は、無理なくジックリ攻めようと考える。だが、油断し、こちらのボールが甘くなると、即座に伊藤がネットをうかがって来る。
しかも、守備的プレーヤーとの予想をはるかに覆すほど上手い。
この見事な前後の切り替えが、よりベースライン中心のハードヒッターを焦らせ、精度を悪化させる。
4位 アングルショット

角度合戦になれば ほぼ負けない
バックのクロスアングルショットは文字通り自由自在に操れる。
伊藤にとって大事な攻撃、反撃のショットの1つだ。
角度の付け合いになっても、伊藤のソフトタッチなアングルの方が精度が勝る。
ハードスピンにこだわる相手なら、なおさらだ。
ネット前の攻防に切り替わっても、伊藤のボレーセンスが待っている。

相手がネットに来た際には、
ボレーヤーにとって、最悪捨てろ、と言われる、アレー付近をモノの見事に突いてくる。
仮に触れたとしても、右利きプレーヤーの最も難しいバックのハーフボレーになる位置。同じフォームでトップスピンロブも打てるから、相手には厄介極まりない
時にリスクを犯し、バックで逆クロスの浅いコースまで狙っているから驚きだ。
フォアも相手を押し込むような強烈なトップスピンこそないが、アングルは、よく打つコース。
相手バック側にフォアスラを送り続け、
浅くなったらフォアのクロスアングルも、伊藤の十八番だ。
伊藤の代名詞ムーンボール、フォアスラ。実は、それ自体は、このアングルショットや、次のバックのカウンターに至るまでのショットメーク、布石の1つに過ぎない。

3位 バックのカウンター

トップレベルの精度誇るダウン・ザ・ライン
トップ相手に最も威力を発揮しているのが、バックのカウンターだ。
膝を曲げ、地面を蹴り込んで来るとなれば、相手も予測できるが、
伊藤の場合は、その準備動作が一切ない。
ナチュラルに踏み込み、タイミング重視で打つ。
特に、わずかに振り遅らせて打つという、ダウン・ザ・ラインのカウンターの精度の高さ、シュート気味に低く突き刺さるようなボールの軌道は、世界を見回しても、あまり類を見ない。

踏み込んで打てた際のクロスの精度も見事。基本はクローズドスタンスだが、ハードヒッター相手の際は、オープンでも確実に対応できるようになってきた。
相手のボールが甘くなれば、引き付けてストレートか、流れるような動きで前に入りジャックナイフ気味のクロス。
リターンでも、WTA公式に、ロジャー・フェデラーの「SABR」を彷彿させる、と称されたジャックナイフで、ここぞの場面で勝負をかける。
世界9位のジャスミン・パオリーニ(29歳=イタリア)を倒した際も、マッチポイントだけでなく、試合中終始、手を焼かせていた。
間違いなく伊藤の攻撃時の最大の武器、シグニチャーショットだ。
2位 ムーンボール

「奥様テニス」を極めた進化版
相手に顎をあげさせ、目線をズラし、最も大事な頭の軸をブラさせるの効果があるのが、ムーンボールだ。ベースライン後方に相手を下げさせる「ベテラン奥様テニス」の定番。
さすがにプロにはそうやすやすと、通用しないと思いきや、使い手・伊藤にかかれば、そんなことはない。
伊藤には、低いボールを持ち上げさせることになる、フォアの滑るスライス、相手のバック側に逃げる曲がるスライス、早いテンポで相手フォア側に流すバックのストレート、バックのショートアングルと、それぞれの小さな「武器」がある。
そこに、この精度の高いムーンボールが加わるとどうなるか。
高低、左右、テンポと、すべてのタイミングを変えるという「合わせ技」になる。
こうなると、相手はボールを持ち上げるスイングと叩くスイング、上下の激しい動きを1試合中強いられる。

しかも、スライス、ムーンボールを打つのは、自分から出力を出していくショットになるので、少なからず体力を消耗する。知らず知らずタイミングエラーも発生させられる。
ミスした時のショックも大きい。
トッププロ相手だからこそ、その威力は何倍にも増加するという訳だ。
トッププロになってくると、ライジングやドライブボレー、あるいはトップの打点からの強打と、色んな選択肢がある。だが、周辺視野の広い伊藤は、隙を見せることなく、次のショットに備えている。
お付き合いしてムーンボールで返そうとしたら、伊藤のスニークイン、ドライブボレーの餌食だ。
この攻撃を食らい続けると、相手は1試合の中で、どうしても調子を崩す時間が何ゲームか出てくる。そこを伊藤はモノの見事に突いていく。
効いている、相手がイライラしている、となったらとことん使い、相手にうまく処理されるとなったら、アッサリと「封印」する。この割り切りの良さも伊藤らしい。
1位 フォアスラ

相手を惑わす根幹となるショット
伊藤の最も特長的なショットは、やはりフォアスライスだ。
「相手の嫌がることをする」「うざいテニス」という伊藤のプレーの根幹を担うショットだ。
相手のバランスが崩れているとみるや、早い滑るスライス。コートレベルで見ると、とにかくこのショットの質が高い。
相手の体勢が十分と見るや、露骨にサイドスピンをかけてスピードを落とし、右利き相手のバック側に曲がるスライス。
同じフォームでドロップショットも織り交ぜる。
1本で相手に決定的なダメージを与える訳ではないが、2本、3本と続けられると、さすがに相手のショットはおかしくなってくる。この質、精度だと、1本、2本のウィナーは奪えても、我慢できなくなった相手は最終的にはミスの方を多く重ねることになる。
ここに先ほどのムーンボールとの組み合わせが加わる。相手のミスを誘う。もしくは、自分の形に持ち込んでから、バックのダウン・ザ・ライン、アングルショット、ネットプレーの攻撃へと転じていく。
多くのショットの「起点」に、このフォアスラが絡んでいる。
こうして相手は深い深い「あおい沼」にハマり込んでいく。

フォアのスピンはウエスタン以上に厚いグリップだが、スライスもセミウエスタンぐらい厚い。クルッとグリップチェンジして、瞬時の打ち分けを可能にしている。
通常プレーヤーより前めの打点も、高い打点でも厚く当てることを可能にしたり、相手の時間を奪ったり、タイミングをズラす効果があるのだろう。
リターンはほぼ100%フォアのスライス、通常ストロークも7割、8割がスライスという試合もあったが、相手のレベルが上がるに連れて、徐々にトップスピンの選択肢も増えてきた。
取り組み中と見られる、フォアのトップスピンのダウン・ザ・ラインは武器になりつつある。
小さな波状攻撃
プロになれば、すべてのショットで最高レベルの精度、破壊力を求めたくなるものだろう。
だが、伊藤の場合は、自分のショットに集中する意識より、向かい合う相手がいる中でポイントを競うという、テニス本来の「ゲーム性」を、誰よりも重視しているように見える。
余計なパワーは不要だ。自分がバランスを崩し、相手にスキを与えるようなことはしない。その分、広い周辺視野で相手を観察し、コースを読み、自分が持ちうる中からのベストショットを選択する。
パッと見、1本の必殺ショットはない。だが2本、3本と積み重ねる、見た目にはハッキリと分からない「小さい波状攻撃」で相手を精神的にも肉体的にも追い込んでいく。
かのラファエル・ナダルは絶対的な勝率を得るために、あえてスピン量を増やし、強靭なフィジカルを作る「最も負けないテニス」の道を選んだという。
伊藤の場合は、真逆の筋トレなし、すべて省エネで「相手を困らせるテニス」を選んだ。
WTA公式が「蜘蛛の巣」「奇妙な輝き」「型破りなレパートリー」と称した、これこそが「あおい沼」の正体なのだ。
