伊藤あおい快進撃ストップ


3回戦で敗れる
世界ランク110位の伊藤あおい(21歳)が7月31日、WTA1000ナショナル・バンク・オープン3回戦(カナダ・モントリオール)に臨み、世界51位のジェシカ・ボウザス・マネイロ(22歳=スペイン)に6-4,5-7,3-6で敗れた。試合時間2時間14分。
予選を突破し、1回戦でWTA1000の本戦初勝利。2回戦で世界9位で第7シードのジャスミン・パオリーニ(29歳=イタリア)を撃破する快進撃は、ベスト32でストップした。
マッスル対発想力
相手のマネイロは容赦なくフォアバックの強打を両サイドに打ち込んできた。
伊藤は何度も「ファアスラ」「しゃがみ込みバック」でしのぎ、嫌なプレッシャーをかけ続けた。
マネイロはもっとスピンを、もっとパワーを、と焦り、わずかなネットミスや、ジャストアウトを繰り返した。
データ上はアンフォーストエラーになるのだろうが、大きなループスイングで膝を曲げてボールを持ち上げるマネイロのエラーを、伊藤が能動的に引き出した。
さらに伊藤はディフェンシブに徹し、ほしいポイントはフォアを突然強打したり、ラインに乗せるサーブからのネットダッシュと、ここぞの場面では普段あまり見せないオプションを繰り出す「発想力」で接戦に持ち込んだ。
このスコアリング上のプレッシャーもまた相手のミスを誘発する原因になった。
第2セット5-4とリードして迎えた、相手のサービスゲーム。
デュースに持ち込むところまでは、伊藤の「頭脳戦」が見事にハマっていた。
だが、強打ラッシュで何とかキープされると、ここからイッキに雲行きが怪しくなった。
第2セット終盤で流れ変わる
第2セット第11ゲーム、伊藤のサービスゲーム。
マネイロは伊藤のボールがサービスボックスに落ちるまできっちりと待って、完璧なアプローチから2本のネットポイント。
これで我慢という「攻め手」を完全につかまれた。

伊藤はこのゲームブレークを許したのを含め、3ゲーム連取されて第2セットを落とす。
続く大事なファイナルセット第1ゲームも2本のダブルフォルトなどでラブゲームブレーク。
その後も必死にサービスキープして食い下がったが、スコア的に相手を楽にさせてしまった分、勝機は薄れていった。
最終的にマイネロのウィナー数は伊藤の9本の4倍の36本。
それ以上に第1、2セット25本以上だったアンフォーストエラーを、最終セットに入って19本にまで抑えられたのが、伊藤にとっては痛かった。
両者の各セットトータルポイント | ||
伊藤 | マネイロ | |
34 | 第1S | 32 |
35 | 第2S | 39 |
24 | 第3S | 34 |
93 | 通算 | 105 |
両者の各セットウィナー数 | ||
伊藤 | マネイロ | |
4 | 第1S | 11 |
3 | 第2S | 16 |
2 | 第3S | 9 |
9 | 通算 | 36 |
両者の各セットアンフォーストエラー数 | ||
伊藤 | マネイロ | |
15 | 第1S | 25 |
12 | 第2S | 26 |
15 | 第3S | 19 |
42 | 通算 | 70 |
フルセット勝利止まるも
それでも、グランドスラムに次ぐグレードのWTA1000で見事な勝利を重ねた。
4試合すべてフルセットを戦い、この日こそ力尽きた。
だが、試合後の観衆からの大きな拍手が物語るように、
予選からフルセット3試合を勝ち上がった事実は特筆すべき点だ。
伊藤は大舞台でのフルセット勝率が極めて高い。
この日の敗戦を含めてもWTAツアーでは通算8勝5敗で勝率.615。
今シーズン、WTA下部ツアーの125で2敗しており、
WTA250以上のグレード大会で見ると8勝3敗、勝率.727。
WTA1000に限れば6勝2敗、実に勝率.750。
伊藤のフルセット勝率 | |||
年 | ITF | WTA | 通算 |
25 | 2勝4敗 (.333) | 5勝5敗 (.500) | 7勝9敗 (.438) |
24 | 13勝9敗 (.591) | 3勝0敗 (1.000) | 16勝9敗 (.640) |
23 | 11勝8敗 (.579) | ー | 11勝8敗 (.579) |
22 | 9勝7敗 (.563) | ー | 9勝7敗 (.563) |
21 | 1勝0敗 (1.000) | ー | 1勝0敗 (1.000) |
通算 | 36勝28敗 (.563) | 8勝5敗 (.615) | 44勝33敗 (.571) |
すべて3セット、ITFには最終セット、スーパータイブレーク決着を含む |
以下がWTA250以上のフルセットマッチの全11試合のスコアとトータルポイント。タフマッチをいかによく制しているかが分かる。
2024年10/13 | WTA250 木下ジャパンオープン | |
予選2回戦 | A・ハルトノ | 151位 |
🕑️1:44 ⚪️ 3-6,6-3,6-4 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
91 | 87 | +4 |
2024年10/18 | WTA250 木下ジャパンオープン | |
準々決勝 | E・リス | 118位 |
🕑️2:57 ⚪️ 6-7(6),6-2,6-3 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
94 | 109 | +15 |
2025年2/8 | WTA1000 カタールオープン | |
予選1回戦 | A・ボンダール | 94位 |
🕑️2:13 ⚪️ 4-6,6-3,6-3 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
105 | 91 | +14 |
2025年3/3 | WTA1000 BNPパリバオープン | |
予選1回戦 | D・スニガー | 127位 |
🕑️2:10 ⚪️ 6-4,1-6,4-6 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
104 | 99 | +5 |
2025年3/18 | WTA1000 マイアミオープン | |
予選2回戦 | E・リス | 78位 |
🕑️2:26 ⚪️ 4-6,6-4,6-2 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
110 | 101 | +9 |
2025年3/19 | WTA1000 マイアミオープン | |
1回戦 | L・デイビス | 229位 |
🕑️2:44 ⚫️ 4-6,6-3,4-6 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
110 | 110 | +0 |
2025年6/30 | GSM ウィンブルドン | |
1回戦 | K・ラヒモワ | 80位 |
🕑️2:02 ⚫️ 7-5,3-6,2-6 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
84 | 95 | -11 |
2025年7/26 | WTA1000 ナショナルバンクオープン | |
予選1回戦 | A・サスノビッチ | 125位 |
🕑️1:57 ⚪️ 6-4,5-7,6-0 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
95 | 66 | +29 |
2025年7/27 | WTA1000 ナショナルバンクオープン | |
1回戦 | K・ヴォリネッツ | 108位 |
🕑️2:00 ⚪️ 6-2,2-6,6-2 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
91 | 80 | +11 |
2025年7/29 | WTA1000 ナショナルバンクオープン | |
2回戦 | J・パオリーニ | 9位 |
🕑️2:22 ⚪️ 2-6,7-5,7-6(5) |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
108 | 110 | -2 |
2025年7/31 | WTA1000 ナショナルバンクオープン | |
3回戦 | J・B・マネイロ | 51位 |
🕑️2:14 ⚫️ 6-4,5-7,3-6 |
伊藤 | トータル ポイント | 相手 | 差 |
93 | 105 | -12 |
競ることの意味を知っている
テニスでは4ポイントもしくは2ポイントを付けないとゲーム取得できず、さらにセットごとに分かれるスコアリングシステムのため、番狂わせが少ないスポーツとされる。一方で、トータルポイントが少なくても勝つことが可能な特殊性も知られる。
ただし統計的には、トータルポイントが5ポイント差以内まで競らないと、ほぼ勝敗が逆転することはないと言われる。
だが伊藤は2回戦のパオリーニ戦で2ポイント負けていても勝った。これはプロの試合では、かなり珍しいことだ。
他にもハルトノ戦の4ポイント差、スニガー戦の5ポイント差と、キッチリ僅差の試合をモノにしていることが分かる。
最終的に12ポイント差を付けられたこの日のマネイロ戦は、さすがに厳しかったが、
先の第2セット5-4までは「63」対「58」で5ポイント勝っていた。
モチベーションは「賞金」とあっけらかんと笑う伊藤にとって、
大舞台での「勝負強さ」は、ただの偶然ではないのかもしれない。
様々なメンタル要素が絡むテニスにあって、競ることで相手の心理状態は大きく変わり、テクニック面にも影響することを、伊藤は誰よりも分かっている。
単なるパワーやテクニックの争いだけでなく、ここがテニスのゲームのもう1つの面白いところ。簡単には教えられない、見事な「資質」を持ち合わせていると言っていい。長いツアーを勝ち抜いていく上で非常に大事な部分だ。
キャリアハイ更新へ
今大会の予選で負けていれば3月中旬から守り続けていた110位以内の世界ランクを割り込む可能性があった。
それが、予選のフルセットを勝ちきったことから始まった快進撃で、再び100位以内に突入。97位前後に上がりキャリアハイを更新すると見られる。
もちろん本格参戦は今シーズンからで、大きな失効ポイントがないのもあるが、
ここぞの「勝負強さ」が、しっかりランキングを維持できている大きな要因なのは間違いない。

次は再びWTA1000のシンシナティ・オープンに参戦予定。予選メンバーに名を連ねており、日程は8月5、6日。休む暇はあまりない。
その先にはグランドスラム、全米オープンが待ち受ける。メーンドローメンバーから2人欠場者が出て、現時点で待機3番目。やはり予選からの出場になりそうか。予選は8月18日からとなっている。
厳しい戦いが続くが、いずれも賞金もポイントも高い大会。疲労は間違いなくあるだろうが、ケガなくここも持ち前の「勝負強さ」で乗り切ってもらいたい。